朝の街は、まだ眠たげだった。
駅前の通りを歩く人たちは、ほとんど無言で、
イヤホンをつけて下を向きながら、それぞれの目的地に向かっていた。
私はというと、仕事の前でも、用事があるわけでもなかった。
ただ、なんとなく早く目が覚めてしまったから、
一人で外に出てみようと思っただけだった。
ふと足が止まったのは、吉野家。
オレンジ色の看板が、朝の光の中でやけに暖かく感じた。
「朝から豚丼、ありだな。」
そうつぶやいて、私は自動ドアをくぐった。
店内は空いていた。
カウンターに二人、奥のテーブル席に一人。
みんな、ひとり。
店員さんがにこやかに「おはようございます」と声をかけてくれる。
その言葉が、今日初めて人にかけられた挨拶だった。
私はカウンターに座って、
「豚丼の並と、味噌汁つけてください」と注文する。
注文が通ると、すぐに厨房からジュウジュウと音が聞こえてきた。
5分もしないうちに、
トレーの上に並べられた「豚丼」と「味噌汁」がやってきた。
蓋を開けた瞬間、湯気とともに立ち上る香りが、空腹の腹に直撃する。
箸を持って、まずはひとくち。
甘辛いタレがよく染みていて、ご飯が進む。
豚肉の脂は思ったより軽くて、朝でも重くない。
味噌汁のしょっぱさが、なんだかホッとさせてくれる。
気がつくと、私はただ黙々と食べていた。
スマホも見ずに、音楽も聴かずに。
目の前の豚丼と向き合っていた。
「ひとりでごはんを食べるのって、寂しくないの?」
そう聞かれたことがあるけど、
私はむしろ、ひとりの朝ごはんが一番好きかもしれない。
誰とも会話をしない静けさ。
自分だけのペースで咀嚼し、飲み込み、味わう時間。
目の前の一杯に集中できる、その瞬間が贅沢だと思う。
店内のテレビからは、朝のニュース。
「今日は全国的に晴れ」
天気がいいと聞くだけで、ちょっと得した気分になる。
食べ終わった豚丼の器を見つめながら、
「今日も頑張ろう」と思ったわけでもない。
でも、「まぁいっか」と肩の力が抜けた感じがした。
レジで会計を済ませて外に出ると、
太陽が少しだけ高くなっていた。
冷たい空気の中に、少しずつ春の匂いが混じり始めている。
「よし、今日は散歩でもして帰ろうかな」
そう思えるくらいには、心が整っていた。
吉野家の豚丼。
ただそれだけの朝ごはん。
だけど、私には充分だった。
ひとりで食べるって、
こんなに静かで、こんなにあたたかいんだなって、
あらためて感じた朝だった。